東京高等裁判所 昭和56年(行ケ)216号 判決 1982年4月27日
原告 株式会社栗田
被告 特許庁長官
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
原告は、「特許庁が昭和五六年七月六日、昭和五四年審判第一四六四五号事件についてした審決を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告は、主文同旨の判決を求めた。
第二請求の原因
一 特許庁における手続の経緯
原告は、昭和四六年一二月一五日、別紙のとおり「ジヤンボ」の片仮名文字からなる商標(以下「本願商標」という。)につき、指定商品を第三二類「肉、肉製品及び加工水産物」とし、登録第五九九九三〇号商標の連合商標として商標登録出願をし、昭和四八年一一月二二日、商標出願公告(昭四八―六〇四九二号)されたが、昭和四九年一月に登録異議の申立を受け、昭和五四年八月二一日、異議決定がされ、同月二二日、拒絶の査定を受けたので、昭和五四年一一月一六日審判を請求した。そして、昭和五四年審判第一四六四五号事件として審理され、昭和五六年七月六日、審判の請求は成り立たない旨の審決があり、その謄本は同月二九日原告に送達された。
二 審決理由の要点
本願商標は、前項記載のとおりである。ところで、本願商標を構成する「ジヤンボ」の文字は、「ばかに大きい」「特大の」等の語義をもつ英語「jumbo」に相応する語として、世人によく知られているばかりでなく、指定商品との関係において、たとえば、肉、ハンバーグ、ハム、ソーセージ等には、標準型(スタンダード)のものに対して、大型のものを表わす語として、「ジヤンボサイズ」あるいは「特大型」等の文字が使用されているのが実情であり、これに接する取引者、需要者は、容易に「商品が特大型のもの」、すなわち、商品の品質、形状を表示したものと理解、認識するものとみるのが相当である。
したがつて、本願商標は、これをその指定商品に使用する場合には、単に商品の品質、形状を表示するに止まり、自他商品の識別力を有しないので、商標法第三条第一項第三号の規定に該当し、登録することができない。
三 審決の取消事由
審決が、本願商標を構成する文字「ジヤンボ」の備える自他商品識別力を否定したのは、判断を誤つたものであり、これを前提に商標法第三条第一項第三号の規定に該当するとしたのは、違法であつて、取消されねばならない。
まず、日本語「ジヤンボ」の一般的な使用事情と意味観念について検討するに、審決のいうとおり、英語「jumbo」に由来する外来語であることは認めるが、直接的に物の形状の大きさを表示するものとして使用されているのではない。これが一般に使用されはじめたのは昭和四五年のジヤンボジエツト機輸入後のことであるが、当時、ジヤンボジエツト機の日本でのデビユーは、従来の常識を超えた大きさと性能をもつた飛行機の出現、空の大量輸送時代の幕開けということで、極めてセンセーシヨナルなものであつた。このため、従来のものより度はずれて優れているとか、大きいとか、超能力をもつているとか、最近の科学技術といつた好イメージが、「ジヤンボ」という当時聞きなれない言葉のイメージとして、人々の頭に焼付けられた。それ以来、最もポピユラーな使い方として、ジエツト機の愛称、象の愛称、運動選手の愛称等に使用され、それらの人柄、能力、技術、人間性、その他の総合的なイメージを抽象的に表わしているにすぎない。このような感覚的な言葉は、一時的な風俗用語であり、今流行の言葉でいえば、「ナウな」とか「とんでる」とか「超えてる」「さだはる」といつた言葉に匹敵するものである。
このように、「ジヤンボ」は、「ビツク」や「ラージ」の如く物の大きさを直接表わす語としてではなく、比喩的に事例ごとに極めて多様な使い方のされているイメージ用語として使われているのが現状である。
こうして、純粋に原語の語義としてではなく、日本人が共通して知つている世相やニユースを表わす語として、また、それに基づく共通したイメージ語として使われている点を等閑視し、「ジヤンボ」の原語が英語の「jumbo」であるという理由だけで、両者はその意味が相応するとし、「ジヤンボ」を商品の形状表示用語であるとするのは、論理の飛躍である。
つぎに、商品、特に食品関係、また、指定商品における「ジヤンボ」の文字の使用の実情を検討してみると、我が国において、「ジヤンボ」が一般に広く知られ、使われだしたのは昭和四六年以降であるが、当時、すでに食品関係においては、卵、食用水産物、野菜、果実、加工食料品(但し、肉製品加工水産物を除く。)(甲第五号証の一、二)、茶、コーヒー、ココア、清涼飲料、果実飲料、氷(甲第六号証の一、二)、酒類(甲第七号証の一、二)、菓子、麺麭の類(甲第二四号証の一、二)については、独占排他的な商標権が有効に存続中であつた。つまり、これら多くの食料品分野においては、その商品に「ジヤンボ」なる表示を自由に適法な使用ができる状態にはなかつた。このような状況の中では、本願商標と極めて近い指定商品の分野では、商標「ジヤンボ」が形状表示用語として自由に繁用される状態にはなかつたし、少くとも、この食品分野では、「ジヤンボ」に自他商品識別力があると認められていたといえる。
また、本願商標の指定商品の分野における使用例(乙第八号証、第一〇号証ないし第一二号証)におけるこの表示態様をみると、これらは、いずれも商品の形状を表示するものとはいいがたい。いずれも自他商品識別力を発揮する典型的な商標としての使用態様である。この使用例をもつて商品の形状表示であるとするのは、「ジヤンボ」に対する誤つた先入観念に基づく独善的な解釈であるといわざるをえない。
また、本願商標の指定商品中、水産加工食品については、原告は、日魯漁業株式会社との間に、原告の登録商標「ジヤンボン」に類似する商標「ジヤンボ」の使用について契約を結んでおり、同社では、これに基づいてエビフライに商標「ジヤンボ」を使用しているが、この場合も、「ジヤンボ」は商標として使用されており、形状表示として使用されているものではないこと勿論である。
第三被告の答弁
一 請求の原因一、二の事実は認め、三の主張は争う。
二 審決の判断は正当であつて、何ら違法の点はない。本願商標は、その指定商品に属する「フランクフルトソーセージ」「ひらきいか」のみならず、各商品に、その品質、形状をあらわすものとして使用されていることが明らかであり、本願商標の使用の実情について、何らの事実誤認はない。原告があげる「ジヤンボ」の文字に関する商標の既登録例があるとしても、前記使用の事実が存在する以上、これをもつて直ちに本願商標が自他商品の識別力を有するものとすることはできない。
第四証拠関係<省略>
理由
一 請求原因一、二の事実は当事者間に争いがない。
二 そこで、原告主張の本件審決を取消すべき事由の存否について判断する。
本願商標を構成する「ジヤンボ」の文字が英語「jumbo」に由来する外来語であることは、当事者間に争いのないところである。ところで、成立に争いのない甲第三号証、第八号証、第九号証の一・四、第一〇号証の一ないし三、乙第一号証の一ないし三、第二号証ないし第一二号証及び弁論の全趣旨を総合すると、つぎの事実が認められる。
外来語「ジヤンボ」は、昭和四三年頃までには、一般向けの辞典に収録される程度に日本語化していたが、当初は、大型で作業規模の大きい土木機械の称呼などとして使用されていたところ、昭和四五年に米国から超大型旅客機ボーイング七四七が国内に乗入れたのを機に、その愛称として一般に普及し、親しまれるようになり、遅くとも昭和四七年五月頃には、「巨大な」の意味を有する事物の性質、状態を表わす語として、一般向け辞典に載録される程度に普遍化し、新聞、広告業界にも、「大型」、「大物」の語義で使用され、一般家庭用の商品、食料品、ひいては、本願商標の指定商品に属する肉製品にいたるまで、「大型」の意味で使用されて今日にいたつているものである。
なお、原告の主張する比喩的、感覚的、風俗的なイメージ用語に属するとの趣旨は必ずしも明らかではないが、その例示するような「ジヤンボ」の使用方法が一方であるとしても、右認定と矛盾するものではない。
右認定の事実に照らすと、一般的な語義としてばかりでなく、本願商標の指定商品においても「ジヤンボ」の文字が、「大形」のものを意味する、いわゆる商品の品質、形状を表すものであり、本願商標はこれを普通に用いられる方法で表示するものであるから、商標法第三条第一項第三号の規定に該当するとした審決の判断に誤りはない。
原告は「ジヤンボ」の文字よりなる商標の既登録例と審査期間の経緯をあげて主張するところがあるけれども、そのこと自体、近時社会における言語感覚ないし用語法の推移の激しさと、これに対応すべき当該法域における事件処理の適切さへの要請ないし配慮を喚起させこそすれ、商標法本来の趣旨にしたがつた右判断を何等左右するものではない。
三 そうすると、本件審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求は、理由がなく、失当として棄却するほかはない。よつて、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 荒木秀一 舟本信光 舟橋定之)
別紙